そんなにお好きでしたっけ、アップルパイ。




+朝の儀式 区役所編+


「区長。本日の予定ですが、9時半より繁華街養鶏所視察、11時より区民センターで「学校制度の行く末〜こどもたちに輝かしい未来を〜」講演会、昼休憩を挟みまして13時より「区の活性化を目指す委員会」出席、14時半に一度役所に戻られまして書類のチェックと押印を。16時より定例区議会、17時半より区内商店街におきまして野菜のPR活動、19時より始まる懇親を兼ねての夕食会は21時終了となっております。尚、移動時間等の合間を縫いまして新条例の起案および来週の講演会のスピーチを考えていただければと。質問はございますか」
「一日お休みしてピクニック、って選択肢は?」
「働け税金泥棒」
「……即答っていうのは、さすがにちょっと厳しいものがあるんだけど」
「それなりの理由がおありなのでしたら、いくらか調整は致しますが。なにか緊急のご用事でもございましたか」
「うん。今日はとても大事な予定が入ってるんだ」
「……申し訳ございません、私のチェック不足でした。秘書としてあるまじき恥ずべきこと、これからはこのような失態はないようにいたします。……ところで、緊急のご予定とは?」
「きみ」
「は?」
「だから、今日の予定は君」
「……幻聴が聞こえるようですが、ぐっとこらえて理由をお聞きしましょう?」
「だって、仕事つまんないし面倒だし。君といるほうがずっと楽しいし」
「却下です。そんな戯言が通じるとお思いですかこのボンクラ区長」
「……何気にさらりと酷いこと言ってない?」
「それでは本日の業務を開始します」
「あの、もうすこし絡んでくれない? 置いてきぼりって結構恥ずかしいし、何より哀しいんだけど」
「区民の税金で働いているというご自覚が少しでもおありでしたらキリキリ働いてください。何せ、これまでにあなたが放り出した仕事は山のようにございますから」
「秘書くん、目が笑ってないよ。……顔も笑ってないけど」
「どうされましたか区長。区長がお嫌いな「ヒマ」と「退屈」とは無縁の生活ですよ」
「いやヒマと退屈から無縁になっても仕事と無縁にならないようじゃ」
「これは失礼致しました、現在のスケジュールではまだ多少ゆとりがあるようです。そちらを切り詰めればさらに夢に近づけますよ近づけましょう。……あらどうされたんですか区長、そのように部屋の隅っこで床に「の」の字など描き始めて。新手の遊びですか」
「……いいんだ僕の気持ちなんか。誰にもわかってもらえずにここで独り朽ちていくんだ……」
「区長?」
「……いいんだ。どうせ自他共に認める変わり者だし、先日父も亡くなって天涯孤独の身の上だし」
「……仕方ありませんね。それではこうしましょう。もし本日、区長が頑張って踏ん張って、血反吐をはきながら死ぬ気で自転車操業して」
「今、なにやら不吉な単語が混じったような気がするんだけど」
「……それで書類仕事を予定よりも早く片付けられたあかつきには。ご褒美として15時から三十分間、休憩としてお茶の時間を認めましょう」
「……何か、割に合わないような気がするんだけど」
「僭越ながら私がこしらえましたアップルパイを添えさせていただく所存ですが」



      区長はなにやら雄叫びをあげながら、机へ向かわれていきました。

 余程アップルパイがお好きなのですね。次からは区随一の洋菓子店で購入したものを餌……失礼、ご褒美に差し上げて仕事をしていただくことに致しましょう。











 ...欠かすことの出来ない朝の恒例。
 しかし既製品だったら、ここまで区長のやる気は出ない。